【読み物】ブライダルメンズドレス、静かなる革命

BRIDAL MEN’S DRESS

ブライダルメンズドレス、静かなる革命

六月の東京、南青山の並木道に面した小さなブティックの扉を開けると、そこは異空間だった。壁一面に掛けられたのは、シルクサテンのアイボリー、深紅のベルベット、夜色のタフタ。いずれも男性用に仕立てられた、華やかなドレスだ。

「ブライダルメンズドレス」――この言葉が、いま静かに注目を集めている。

スタッフが男性客二人にドレスを提案するブティック店内
華やかなドレスが並ぶ店内で、スタッフの提案に耳を傾けながら晴れの日の一着を選ぶ。

変化の兆し

結婚式において、男性と言えばモーニング、あるいは黒のスーツが定番であった。しかし、ここ数年の結婚式の多様化に伴い、その風景は確実に変わりつつある。父親がロングドレスやイブニングドレスをまとい、親族の男性がゲストドレスを着る――そんな新しい結婚式の姿を思い描く人が増えている。

男性向けのパーティー用フォーマルドレスのレンタルを行う「メゾン・ド・ブライダル・メンズ」(東京都港区南青山)にも、その波は押し寄せている。一日三件以上の問い合わせが舞い込み、スタッフの電話は鳴り止まない。

「最初は半信半疑でした」と、店長の佐々木玲子さん(42)は語る。「でも、問い合わせの内容を聞いているうちに、これは一時的な流行ではなく、本質的なニーズの変化だと確信しました」

この傾向を受けて、同店は六月から「ブライダルメンズドレスレンタル」を本格的に開始。専用のホームページを開設したところ、わずか一か月で二十件以上の受注を記録した。今後は、ブライダル施設やプロデュース会社、衣装店との提携も開始する予定だ。

顧客層とその思い

「当店は南青山にあることから、顧客も大使館の方や企業・官庁などに勤めるキャリア層の男性がほとんどでした。平均単価も五万円前後であり、ドレス自体もクオリティーの高いものを用意しています。ここ数年、結婚式で男性がドレスを着るニーズが非常に多かったことで、新たな提案を開始しました」

佐々木さんがそう説明する間にも、店の奥からは二人の女性の笑い声が聞こえてくる。新婦とその母親だ。試着室の前では、新婦の父親が深いワインレッドのロングドレスに身を包み、鏡の前で照れくさそうに立ちすくんでいる。フォーマルメイクを施し、アップスタイルのウィッグに真珠のアクセサリーを添えた姿は、落ち着いた華やかさをたたえていた。

ワインレッドのロングドレスを試着する父親と家族
家族に見守られ、ワインレッドの一着を試す。メイクとアップスタイルも装いの一部だ。

「最初は抵抗があったんですよ」と、その父親は苦笑いする。「でも、娘が『お父さんも一緒に華やかに』って言うもので。妻も『似合うわよ』って。まあ、悪くないかな」

披露宴で女性だけが華やかなドレスというスタイルに違和感を持つのは、特に新郎の父親のようだ。同店にやってくるケースとして多いのが、新婦とその両親が一緒に来る例だという。両親二人でロングドレスを選ぶ光景が一般的で、その後、新婦の父親がドレスを決めると、今度は新郎の父親がやってくることも多い。

「新郎のお父様は、最初は『私はいいですよ』と遠慮される方が多いのですが、実際に試着されると皆さん表情が変わります」と佐々木さんはほほ笑む。「鏡の前で背筋を伸ばし、ご自身の姿に見入ってしまう。その瞬間が私たちにとっても一番の喜びです」

お色直しという新たな流れ

ガーデンや人前挙式に合わせて父親が雰囲気に合ったドレスを着用。その後の披露宴では、留袖に――という父親の「お色直し」も出てきている。逆のパターンもあり、これも新婦からの提案によることが多いという。

「お色直しというと、花嫁の特権のように思われてきましたが、最近は父親も楽しむものになりつつあります」と、ウェディングプランナーの田村由美さん(35)は話す。「特にガーデンセレモニーでは、ドレス姿のお父様が花嫁と並んで歩く姿がとても絵になる。参列者の方々も、最初は驚かれますが、すぐに温かい拍手に変わります」

ネイビーのドレス姿で花嫁とガーデンを歩く父親
花嫁と並んで歩く父親。深いネイビーと端正なアップスタイルが式の景色になじむ。

中には、父親がドレスを着た記念に写真撮影をするケースもある。ドレスに合うよう、エステに通う人もいたという。六十二歳のある父親は、三か月前から週に一度のエステに通い、肌の手入れを始めた。「娘の晴れ舞台だから」と照れながら語るその横顔は、確かに張りがあり輝いていた。

施設にとっても新たなニーズとして期待は大きい。都内のある結婚式場では、父親用ドレスのレンタルを始めたところ予約が殺到し、二か月先まで埋まっているという。

クオリティーへのこだわり

同店ではこれを機に、ニューヨークの高級ドレスブランドとの提携を実現した。

「ある程度の年齢の方ということで、体形や体のどの部分を出したくないかといったことも考慮していかなければなりません。新婦のドレスとのバランスなどもあります」

佐々木さんはそう語りながら、一着のドレスを手に取る。深いネイビーのシルクシフォンで、胸元には繊細なレースが施されている。

ネイビーのシルクシフォンドレスを提案するスタッフ
体形、年齢、新婦の衣装との調和まで考え、一着ずつ提案する。

「例えば、お腹周りが気になる方にはエンパイアラインでゆったりと仕立てます。腕を出したくない方には、シフォンのストールを合わせます。大切なのは、無理に若々しく見せることではなく、その方の年齢にふさわしい、品のある華やかさを引き出すことです」

世界の装い、そして未来

世界に目を向ければ、スコットランドのキルト、インドのシェルワーニー、中東のカフタンなど、男性が華やかな礼装をまとう文化は各地に根付いている。衣装の形も意味も地域によって異なるが、男性の礼装が黒いスーツだけに限られないことは確かだ。

日本でも結婚式の形式や価値観が多様になるにつれ、性別にとらわれず、自分らしい正装を選びたいという需要は高まっていくのかもしれない。

「十年後、結婚式で父親がドレスを着ている光景は、きっと今より自然に受け入れられているでしょう」と佐々木さんは確信を込めて言う。「大切なのは、誰もが祝福の場で、自分らしく晴れやかな気持ちになれることだと思います」

店を後にするとき、試着室から出てきた一人の男性が、鏡の前でくるりと回った。その表情はなんとも晴れやかだった。彼の背中には長いドレスの裾が流れ、まるで風に舞う旗のように、静かに揺れていた。

体験談①「六十歳、初めてのドレス」

田中健一さん(仮名・58歳・会社役員)

娘の結婚が決まったとき、最初に思ったのは「自分は何を着るんだろう」ということでした。妻は留袖、娘はウェディングドレス。じゃあ私は? モーニングか、黒のスーツか。でも、なんだかそれでは物足りない気がしたんです。

娘が「お父さんもドレスを着たら?」と言い出したときは、正直、耳を疑いました。冗談だろうと。でも妻も乗り気で、三人で南青山の店に行くことになったんです。

試着室でドレスを着せてもらったとき、不思議な感覚でした。普段はスーツしか着ないから、体のラインがまったく違う。最初は照れくさくて、鏡も見られなかった。でもスタッフの方が「よくお似合いですよ」と言ってくださって、恐る恐る鏡を見たんです。

そこにいたのは、見知らぬ自分でした。でも嫌な感じじゃない。なんだか若返ったような、背筋が伸びたような。娘が「お父さん、素敵!」と叫んだときは、泣きそうになりました。

結婚式当日、ガーデンで娘と歩いたとき、参列者の方々が温かい目で見てくださって。写真もたくさん撮りました。エステにも通った甲斐がありましたよ。六十歳を前にして、新しい自分に出会えた気がします。

体験談②「息子の結婚式で、父がドレスを」

佐藤浩司さん(仮名・62歳・元教員)

息子の結婚式。相手の家はとても格式のあるお家で、最初は緊張しました。披露宴では私はスーツでいいと思っていました。でも、息子の花嫁さんが「お義父さんもドレスを着ませんか」と言ってくれたんです。

最初は断りました。年齢も年齢だし、体形も体形だし。でも、花嫁さんの「私のドレスと色を合わせたいんです」という言葉に、心が動きました。彼女は本当に私のことを家族として迎え入れてくれているんだなと。

ダークグリーンのドレスで披露宴に立つ父親
花嫁の装いと色を響き合わせたダークグリーン。真珠と端正なメイクが気品を添える。

妻と一緒にドレスを選びに行きました。妻は「あなた、意外と似合うのね」と笑って。それがうれしくて。エステにも通いました。週に一度、妻と一緒に。それがデートのようで楽しかった。

当日、私はダークグリーンのドレスを着ました。花嫁さんのドレスのアクセントと同色でした。披露宴の途中で、留袖にお色直しもしました。息子が「親父、かっこいいじゃないか」と言ってくれたときは、もう、本当にうれしくて。

参列者の方々も、最初は驚かれましたが、すぐに「素敵ね」と言ってくださいました。中には「私も着てみたい」と言う女性の方もいて。なんだか、新しい世界が開けたような気がしました。

今では、写真を見返すのが楽しみです。あの日、私はただの父親ではなく、一人の華やかな参加者でした。息子夫婦に感謝しています。

【注記】本記事は、ブライダルメンズドレスというテーマをもとに構成した創作記事です。記事中の店舗名、人物名、取材内容、利用実績、体験談および数値は演出上の設定であり、実在する人物・企業・結婚式場・サービスとは関係ありません。掲載画像は記事のイメージとしてAIで制作したものです。

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